2006年12月アーカイブ

dsc00018.jpg

お正月のならわしは,色々ありますが
お雑煮や門松,飾藁の風習は我が国古来の
もとされています.
屠蘇酒と七草粥は古代中国に始まったもので
我が国の風習になったのは九世紀初頭の事です.

そこで屠蘇散のお話です.
屠蘇とは死霊がこの世に蘇って災いを屠るという意味で
屠蘇散はもともとは熱病や邪悪なもののけの治療薬
として調合されたものだったそうです.
ですから新陳代謝の滞りを清掃し,身体を清健にして
長寿をはかるものなのです.
元日一家揃って酌むときは、年少者から始めて,
順々に年長者に回します.老人より始めると、次第に
歳が減って行くので先細りの形となり縁起が悪いからです.
最後に「一人の子どもが飲めば一家に病がなく、一家で
飲めば一つの里が無病」と中国普代の「玉函方」という
文献に書いてあります.

当薬局で“延壽屠蘇散”販売中(¥200)
新しい年の出発は屠蘇酒でお祝いはいかがですか?

 竹森薬局 0276-72-0202

 tenmangu1.jpg

 谷越商店街沿い(本町2丁目)に1本の細い石畳の小道があり、
そこを歩いていくと青梅天満宮があります。
「天満宮」というと、菅原道真で知られる
太宰府天満宮(福岡県)が思い出されますが、
館林の青梅天満宮も菅原道真(学問の神・至誠の神)にゆかりのある神社です。

tenmangu2.jpg

 平安時代のはじめの頃である延喜元年(901年)1月25日に
菅原道真は藤原時平らの策謀によって大宰府に左遷させられました。
その時に庭先に咲き誇っていた梅を見て詠いました。

    東風吹かば にほいをこせよ 梅の花
           主なしとて 春を忘るな

 このときに楊枝の先に梅の実を刺して
それぞれ1個ずつ四方に投げたといわれています。

 まず最初に投げたのが、出雲国(島根県)にとんで
「花久里梅社」となって今も残っています。
次は讃岐国(香川県)へ飛び、五色の花が咲く「四季梅社」になり、
当方は上野国(群馬県)「館林青梅天神」にそれぞれなったと伝えられています。
今でも青梅天満宮の入り口左側に1つの石標があり、
大きく「日本四社梅天満宮」とあり、その裏には以下のことが刻まれており、
この伝説を物語っています。

              所謂四社者
             西 筑前国飛梅社
             南 讃岐国四季梅社
             北 出雲国花久里梅社
             東 当青梅社是也

tenmangu3.jpg


1月1日0:00(12月31日24:00)より、谷越青梅天満宮に於いて元朝祭が行われます。
学業祈願の方には、絵馬、お守りを。
破魔矢、絵馬、お守り、御札をお受けの方に年の初めの運だめし
現金つかみ取りや各商店街から豪華景品が当たる福引を実施します。
また、参拝の方には体の芯から温まる”甘酒”を無料サービスしています。
ご家族お揃いでお出かけ下さい。

                       谷越町 谷越商店連盟 駅通り振興組合

カテゴリ

ウェブページ

  • images
Powered by Movable Type 4.25

このアーカイブについて

このページには、2006年12月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2006年11月です。

次のアーカイブは2007年1月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。