2007年6月アーカイブ

夏の養生法

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こんにちわ竹森薬局です.
今回は4000年前に中国で書かれた文献より
夏の養生法に触れたいと思います.

夏は「生長」の季節と言います.
この三ヶ月間,天地間に陰陽の気が盛んに交流する.
陽気が多く発生するので色々な物が成長して咲き栄える.
夏の養生法
夜は遅く寝,朝は早く起きる.
日の長さと暑さを厭うことなく,気持ちよく過ごすべきである.

つまり,夏の満開した花と同じように,体内の陽気をほどよく発散させる.
これは夏の「成長」の気に相応する養生法です.
これに背くと,夏によく活動する心気が傷む.
そうすると,秋になって瘧になるのです.
※瘧(おこり)とは現代の病にするとマラリア様熱症をさすようです.
こうしてみますと現代生活では少し無理な部分もありそうですが
考えさせられるところがありますね.

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エアコンもいいのですが日本の夏は団扇と風鈴でしょう!!
指定商品(ワクナガ製薬・日邦薬品工業の製品)を含む¥2,000以上お買い上げの
お客様に写真にある“竹森薬局オリジナル団扇”をプレゼントいたします.
団扇には数に限りがあり無くなり次第終了いたします.

 暑い時こそ“若甦シリーズ”“キヨーレオピンシリーズ”で夏を元氣に過ごしましょう!!
                                 
                                 竹森薬局本町店
                                 館林市本町2-11-1
                                 0276-72-0202

群馬県最初の銀行 ―館林第四十国立銀行創立史―
1877年明治11年11月5日群馬県における最初の銀行(県内に本店を持つ銀行)第四十国立銀行が群馬県管下第二十三大区九小区館林町六百八十八番地(現在のみずほ銀行館林支店)に開業した。創立者は、旧館林藩士である根岸鉄次郎、長山甚平、南條新六郎、笠原円蔵、矢部英蔵ら45名が発起人である。館林人により設立された県下最初の銀行であり、開業時においては、栃木県、埼玉県にも銀行の存在しない時代であった。
 役員には、頭取 根岸鉄次郎 取締役兼支配人 南條新六郎 取締役 笠原円蔵 同 矢部英蔵 同 長山甚平が就任いずれも旧館林藩士である。資本金150,000円 紙幣流通高 12万円 一株50円株主数496名、発起人には、役員となった5名のほか桐生の豪商佐羽吉右衛門、小野里喜作がおり株主には館林士族を中心に正田文右衛門、小室吉右門衛門等、館林商人、桐生地区の商人を勧誘し創立願書を差出し株主総勢496人の連名が記されている。第四十国立銀行の動きは早かった。創立3ヵ月後には、桐生支店を設置しその後長野県上田支店、足利支店、東京支店を開設したのである。 2に続く

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1911年(明治44年)舘林町内に電灯が引かれた頃の谷越町商店街
  
                                  記 小堀直人(日本簿記学会会員)

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